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Stand by Me

2021年10月23日
読了時間: 4分


“I never had any friends later on like the ones I had when I was twelve.”

「私は自分が12歳の頃に持った友人のような友人を、その後持ったことはない」


親友がいる。

僕らは、小学5年生のとき、学級崩壊をした。その後、6年時に担任が代わり、僕らは劇的に更生していくこととなる。その激動の時代を、多感な思春期の頃に共に過ごしたことが、今の僕らの友情に繋げてくれているのだと思う。


だから、中学生の時にこの作品を初めて観た時、これは僕らの物語だと思ったんだ。


4人の少年たちは、いずれも社会でうまく生きていけない「はみ出し者たち」ばかり。寄り添うように、バカをし、からかい合い、笑い合い、そして、「多くの大人たちに裏切られてきたけど、俺たちは友だちだけは裏切らない」と強く思っている。

それは、まさに小5の僕らそのものだった。


この映画の中の4人のうちの1人であったリヴァー・フェニックス(写真左から2番目)が、1993年にドラッグの過剰摂取で、23歳の若さで亡くなったという事実を、後になって知ることになる。まるで、あの映画の続きを知ったようで鳥肌が立ったのを覚えている。

実際、映画のエンディングでは、リヴァー・フェニックス演じるクリスは、「大人になってファストフード店の客のケンカの仲介に入って刺殺される」という設定になっていたからだ。結果的に、この映画が、彼の死を予言してしまったことになる。


そして、エンディングに流れるベン・E・キングの『Stand By Me』は、まだ英語を知らない僕らの耳に、この映画のタイトルと共に、深く残ることになる。


Stand By Meの意味は、「ぼくのそばにいて」「いつもそばにいる」



■ひまわりの花言葉


1999年。

僕らが高校2年生の時、あるドラマが月9で始まった。『リップスティック』(ごめん、『聖者の行進』じゃなかった(汗)脚本家は同じく野島伸司)だ。

当時、僕らは、野島伸司の脚本のドラマを、セリフを、意味を、必死に覚えようとしていた。そこには何か、学校では教えてくれない大切な何かが隠れている気がした。まだSNSもない時代、言葉としてネットで拡散したわけでもなんでもない。でも確かに、あの最終回の言葉を、きっと、僕らの世代は覚えている。


ひまわりは、いつでも君たちのそばに咲いている

君たち自身がまた、ひまわりのように咲くことができれば

やり直しのきかない人生などない

例えば老人になったとしてもだ


僕は知っている

この鑑別所の中でも、君たちのすぐそばで咲いているひまわりの花を

そして、君たちもまたひまわりになれるということを

ひまわりは日差しを欲しがる

しかし、争うようにはしない

皆いたわり合うように、太陽の出る東の空を向いている

ここは君たちを裁く場所ではない

君たちが、自分を見つめ直す場所だ

人の分の日差しまで欲しがらなかったか

いじけて、咲くことをやめなかったか


僕は知っている

君たちは、友達というひまわりを求め

そして君たちもまた、ひまわりになれることを

ひまわりの花言葉を知ってるかい?

「いつも、そばにいる」

そしてもう一つある

「あなたは、素晴らしい」

そばにいる人に言ってあげられるかい?

そうしたら、君も言ってもらえるよ

あなたは、素晴らしいと


だから僕らの世代は、ひまわりの花言葉を、他の世代のよりもずっと早くから知っていたのだ。



■『STAND BY ME ドラえもん』と『ひまわりの約束』


2014年、『STAND BY ME ドラえもん』が公開された。

きっと、「スタンド・バイ・ミー」って言ったら、今の若い子たちはこっちを想像するんだろう。でも、作り手たちは、僕らの世代に近い。だから僕は、このタイトルをつけたクリエイターたちの気持ちに、想いを馳せらせずにはいられなかった。


映画自体はリアルタイムでは観なかったけれど、当時、エンディングテーマでしきりに流れていた曲だけは、映画を観なくてもサビくらいはみんな覚えてしまったと思う。



きっと秦さんも、『リップスティック』を観ていたに違いない。

だって、僕の2つ上の同世代だもの。




そばにいたいよ

君のために出来ることが僕にあるかな

いつも君に ずっと君に 笑っていてほしくて

ひまわりのような まっすぐなその優しさを 温もりを 全部

これからは僕も 届けていきたい

本当の幸せの意味を見つけたから

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